撮られつつある映画

撮られつつある映画...

 

この一週間、映画を撮っていた。学生なので技術的に洗練されてはいないけれど、それでも一応毎度コンセプトがあって目標がある。今回は、人と人との関係性の変化に眼差しが向けられていた、と思う。映画としては、全体を流れるダイナミズムを意識して、シンプルな映画を目指した。

 

今は編集段階にある。カラコレ(色を整える)をして、つなげて、エフェクトを付けて...といった地道な作業である。これは完全に僕の領域でしか行われない孤独な作業になる。

 

カットの選別をしながら没カットを見ていた。女優として出てもらった女の子を見ていた。彼女は、没カットで輝いていた。ふいにカメラを覗き込む彼女、ステップを踏む彼女、ポーズをキメる彼女、笑いだす彼女.....カメラは彼女の天真爛漫な若く青々とした輝きをまるで捉えきれていなかった。

 

確かに演技を指定したのは僕だ。入学したての彼女の知り合いのいなさ、そこからくる不安と寂しさにつけ込んで映画出演を承諾させたのも僕だ。僕は彼女をひと目見て、脚本をその日のうちに書いた。新しく始まった僕と彼女の関係性...これからいろいろと変化していくであろう関係性...思考は現実と幻想の間で揺らめき変遷していった。

 

映画はもう始まっていた。現実の僕らの関係性を取り込みつつ、映画は今撮られていった。

 

しかし映画は彼女を封じ込めた。そういうものなのかもしれない。映画は虚構なのだから。しかし虚構はいつか現実を超えていかないといけない、と思う。この虚構は現実を超えていけるのだろうか。