映画が嫌いだ

画が嫌いだ。憎いと言ってもいいかもしれない。とにかく、僕をこんな惨めな気持ちにさせる映画となんて出会わなければ良かったのではないかと時折考えてしまう。こんな大袈裟な言い方おかしいのかもしれないけれど、今の僕の生活は驚くほど映画を中心に回ってしまっているのだから仕方がない。仕方がないのだ。

 

ここ一年の話をする。今もなんだけれど、大学に入った頃はもっと酷くて友達なんてほとんど居なかった。一日の全てが自分のために使える時間でとにかく朝から晩まで暇だった。自由に使える部室があるからといった理由だけで映画を見ない映画サークルに入り、そこに居座ることになった。一年の春学期は授業を切っては部室に篭り、ひたすら音楽を流して本を読んでいた。

 

そういった薔薇の大学生活から程遠い生活をしている中で、数少ない友人に映画サークルに所属しているのなら少しくらいは映画を見てみてはどうかと提案された。それも良いのかもしれないと思った。それまで映画なんて殆ど縁のなかった人間がそういった具合で映画を見始めた。見始めると不思議と止まらないもので、それに物事の意味をこねくり回すのは好きな方なのでのめり込んでしまった。大学一年はひたすら映画を見ていた。タルコフスキーアンゲロプロス、カラックス、ゴダール、エリセ、キアロスタミ、、、どれもが宇宙で、とにかくキラキラ輝いて見えた。

 

気付いたら周りにバックグラウンドの全く違う、それでも映画という部分で繋がった仲間が集まっていた。そんな3,4人の仲間たちと初めての映画を撮った。出来は最悪だったけれど、それでも僕は満足だった。何故なら、きっとこうやってコンスタントに続けていけば大学生活が終わる頃にはもう少しマシなものができるだろうといった確信があったからなんだと思う。

 

冬が終わる頃、恋の始まる音がした。他の映画サークルの女の子だった。初めて会った日に「君は僕の救い、光なのかもしれない」なんて口走っていた。女のことを信用していないので、こんなに"この女を好きになりそうだ"と言う感情になったのは久しぶりだった。そう意識しだしてしまうともう恋のジェットコースターは止まらなくなってしまう。実際そうなってしまい、かなりしんどくなってしまった。不可能への挑戦といった感じで彼女を食事に誘ってみたりした。どうやって誘いだすか頭を悩ませ、眠れない夜を何度も過ごした。その間心の空白を埋めるようにひたすらタバコの煙の吸い込んでいた。

 

結果だけ言うと、彼女への恋はそれが始まる前に、彼女からやんわりと終わりを告げられてしまった。それでも彼女は素晴らしい女の子だし、とても優しいので彼女に対して悪いことは言いたくない。彼女を困らせたくはない。好きな人には笑っていてほしい。僕の苦しみは彼女の笑顔の前では些細なことだ。とにかく、素晴らしい女の子がいて、きっと彼女には映画を見ていたから会えたのであって、彼女との会話は天にも登るほどの至福で、彼女の笑顔が頭から離れない。

 

映画が憎い。妄想が現実を超える可能性を提示してくれるような映画がある。けれども、やっぱり映画はあまりに無力で現実の僕はどこまでも光を求めて暗い闇の中でひたすら苦しんでいる。

 

冬が終わり春がすぎて、季節は夏に差し掛かっている。僕はまだ映画を見ている。女の子の一件で絶望したはずなのに映画を見続けている。映画の中に僕の個人的な苦悩に対する答えはないことなんてもう分かっている。けれども僕はどうしても映画との対話の中に潜んでいるのだろう答えを感じてしまう。結局、僕が不器用だからこんなことをする羽目になっているんだろうし、こういう不純な(?)目的で映画を使ってしまっているのが恥ずかしい。ただ、どこに行き着くのかわからない禅問答のような対話はやっぱりただただしんどい。そんな可能性を感じさせる映画が憎い。現実に何もコミットしてこない映画が憎い。それでも。。。